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サバティカルについて

2026-04-04

欧米の研究者にはサバティカルという研究者休暇が存在する。日本でも特別研究機関という名前で広がっているようだ。通常業務から開放され自分の研究に没頭できるように設計された制度だ。

研究目的のための休暇であるため、通常業務から離れるとはいえ成果はそれなりに求められ、「休暇」という名前の印象のわりにやや窮屈に思われる。一方で、ファインマンのように研究活動は一旦封印し、また別の経験を積極的に得ている例もある1

ファインマンは休暇中に研究活動を一切停止したうえでブラジルに滞在し、サンバやポルトガル語学習などの好きなことに熱中することになる。また、休暇中に得たアイデアをサバティカル明けに活かしたというエピソードもある。

また、研究者以外でも自主的にサバティカルを取得している例もある。 Spolsky氏は自腹で長期休暇を取得し、インターネットへのキャッチアップや自転車旅行に時間を使ったようだ2。当時30歳と35歳のころになる。日本のサラリーマンに当てはめればかなり若い時期ではないだろうか。多くの社会人は35歳時点で1か月の休暇ですら経験していないほうが多数派なのではないか。Spolsky氏は2度目のサバティカル中の自転車旅行の途中で労働への情熱を取り戻したと語っており、4年に一度サバティカルを取得するペースが気に入っていると記している。

ソフトウェア開発者以外の例だとグラフィックデザイナーのStefan Segmeister氏のTEDがある3。7年ごとに1年の休暇をとるようだ。ただし、無計画にただ休むのではなく、どこかに滞在して過ごすことにしている。この休養により、自分のアイデアの出し方をリセットし、新たな創造性を獲得するとTEDで語っている。

このようにサバティカルには非日常により体と心をリセットし、長期間労働から離れることで新しいアイデアを生む一定の効果があるようだ。ただ上記で挙げた彼らはプロフェッショナルであり、業界の中でもかなりのトップノッチの集団だ。専門職とはいえ、一介のサラリーマンである我々にはキャリアが途切れることへの恐怖が常につきまとう。はっきり言って我々のような職業プログラマがインスピレーションを得たところで、その投資リターンが職業人生に見合うかどうかの見通しはかなり暗い。そういった市井のプログラマたちがキャリアブレイクをとって「沈没」せずにふたたび戻ってこれるかどうかが気になるところだ。

Reilly Wood氏は8年続けた仕事を退職し1年休暇をとることを宣言している4。DBの内部設計やLisp/Schemeの学習に使いたいと書いている。ところで、彼のブログを追ってみると、遅くとも24年3月に復帰しているようだ。記録がないためわからないが、宣言が19年8月のため5年程度サバティカルをとったことになる(その間微妙に働いた形跡があるので、もしかしたらもっと短いかもしれない)。

Alex Hyett氏は在宅勤務からオフィス回帰になったときに退職したようだ。特に “Creative Sabbatical” を宣言し、様々なアウトプットに挑戦することを宣言している。このあたりからブログやニュースレターの投稿がかなり増えていることから、このサバティカルはかなり有益だっただろう。いつキャリアにもどってきたかはブログやニュースレターを読んでもはっきりしないが、常に現在でも熱心に投稿を続けているうえ、とくに仕事が見つからずに困っているという記述もない。

Redditでも議論を見つけることができる5 6。多くのソフトウェア開発者がキャリアを離れることを恐れているようだ。残念ながら思い通りに仕事を再び得ることができなかったエンジニアもいるようだ。休暇中にやりたいことや目標、あるいは育児や介護などのはっきりと目的があれば休暇を取ってもいいのではないかという結論に達している。単にちょっと休みたい程度ではやはり危険なようだ。終わりがはっきりせず不安がつきまとい、結果、十分に休暇が活かせなかったということになりかねない。

年を取ると知的好奇心が減衰する感覚があるが、タスクに追われる毎日では、それ以上遊びの部分を設けるのが難しい。10代のころは暇さえあれば自発的に何かしらコンテンツを作っていたと思う。大人になると興味のあることのブックマークは増えるばかりで、余暇に何か作るということはなくなってしまった。単に老化のせいということもあるだろう。しかし、余暇に割く時間・体力がないということも一つの要因に挙げられるのではないか。

人生のほとんどの時間を仕事に費やし、残ったわずかな時間も生活の雑事に使ってしまっている。これでは余暇に使う体力など残るはずもない。そしてせいぜい1週間程度の短期休暇を繰り返し、50年以上働くことになる。時間を投資と浪費で分けると上記の仕事に使う時間は明らかに浪費と考えることができる。この人生の使い方はあまりに浪費側に割り振りすぎではないかと考えてしまうのだ。Segmeister氏のグラフでもある通り、人生を分割し、ときおり休暇をとるぐらいのほうが投資と浪費のバランスがとれるように感じる、

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現在、十分に経験を積んだソフトウェアエンジニアであればフリーランスとして活動することは難しくない。例えば週に数度の勤務という条件も探せばあるようなので、完全休養の代替案としてフルコミットから離れることも検討してみるのもいいかもしれない。